正面より拝殿を超えて本殿を望む。

隧道からの眺め。

石室内部。光学ガラスの会談を通じて光が差し込む。

 
護王神社 アプロプリエイトプロポーション
 

 

 

護王神社は足利時代に起源をもつ。近年建物の老朽化が進み、修復が待たれていたが<直島・家プロジェクト>のひとつとして再建されることになり、アーティストとして私が指名された。設計にあたっては、規正の神社建築の形式にとらわれず、日本人の古代の神への信仰がどのようなものであったのかを想像上で再現するという形をとった。 

7世紀に神明造りという神社建築の様式が成立する以前はアニミズム的な自然界の中にある特殊な質をもつ「力の場」が、聖なる場として崇められていたと思われる。その「力の場」は時に巨木であったり、滝であったり、巨石であったりした。日本の神は一所不在とされ、神は人間によって掃き清められたこのような「力の場」に降臨すると考えられた。 護王神社の構想はまず、この神の依代となる巨石の探索から始められた。瀬戸内海に浮かぶ直島の近在には中世から操業している石切場が多く、そのひとつの万成山で石の山肌からずれ落ちたと思われる巨石が見つかった。人の手はほとんど入っていない。重量は24トンあり、この巨石を小山の頂きに位置する神社の境内に設置する工程は困難をきわめた。 

この石の下にはあらかじめ古墳を思わせる地下室が作られ、地上の神殿部と地下室が工学ガラスを原石のまま割り切った光の階段で結ばれることになった。この階段は巨石によって地上部と地下部が分離され、光のみが天井と地下を繋ぐことになった。 

石室内部へは山腹から隧道を堀り、コンクリート製の通路をもうけた。この神社を訪れる人はまず地上部の磐座と本殿を拝み、その後コンクリートのトンネルを通って古代の石室を垣間見る。 そして現代へと戻る途路、隧道の間に古代から連綿とたたえられて来た海を望むことができる。 

 

-杉本博司